Nov 23, 2019

神山町の仲間の一部が、9月末、オーストリアへ視察に出かけた。一昨晩、その町内向けの報告会があり、若手からおっちゃんまで20数名が集まった。

オーストリア視察は2年目で、昨年は僕も一緒に行った。アルスエレクトロニカ・フェスティバル開催中のリンツを鷲尾和彦さんの案内で訪れ、さまざまな文化政策関係者とのインタビューをもった。

リンツは同フェスティバルを一つの幹にしながら、40年近い文化振興の試みを重ねている。

日本の文化行政は「お金に余裕があれば」というか、企業メセナのような感覚で捉えられている感があるが、リンツでは順番が違う。日常的な食や、家庭や学校における教育、街のあちこちでの小さな活動、フェスティバルを通じて訪れるヨーロッパや世界各地の人々とのふれあい。それらを通じて日々重ねられる〝文化的な基盤〟がまずあって、その上に、これからの社会に必要なビジネスや経済活動が生まれ育ってゆくという認識だ。

神山町に限らず、日本の人口は減ってゆく。それが「○○○人になる」という数字より、「どんな人たちで構成されるか」ということの方が重要だと思う。物事に対する基本的な関心や好奇心が強く、それを掘り下げたり、わかち合うのが好きで、他者の気持ちや事情への想像力があり、オープンに語り合い行動化する人たちが多ければ、同じ○○○人でもまるで違う社会になるだろう。

リンツ市長と会う機会もあり、文化行政を継続させる難しさも聞いた。原因はお金が半ば勝手に増える仕組みの現代社会で、その増加に、自然資源や人間が追い越されてしまっている点にあると僕は思っている。

滞在中は、一つのインタビューが終わるたびにみんなで語り合う。ふだんまちでは別々に活動している連中が、地球の裏側の街で、あーでもないこーでもないとそれぞれの視点を述べ合う。そこで交わされる言葉は、戻ってから「あのときの」みたいな感じで共通言語として機能する。感覚や情感をたっぷり含んだ言葉を共有しているチーム、組織、地域は心強いなと思う。

そのリンツ滞在の前に、3日ほど、より少ない人数でオーストリア西部のフォアアールベルグ州を訪ねた。オーストリアは日本と似ているところがあって、国土全体における可住地面積が狭く、山地が多い。山あいの小さな町村がどう運営されているか見てみようという、一種の下見として向かった。

結果的に驚きがあり、今年の2年目の視察に至っている。国土の広さは北海道くらい。人口は日本の約7%の国に、無数の基礎自治体(市町村)が存在する。町村合併の波はオーストリアにも一度あったが、「これはあかんね」という社会的反省があり以後行われていないという。

首都圏への人口集中はあまり変わらないが、国民全体における農村人口の割合が極めて高い。つまり日本でいえば東京以外に住んでいる人の大半が、地方都市でなく、さらにその周縁の田園部で暮らしていることになる。分布だけみると明治以前の日本のよう。

これにはオーストリアの国策のみならず、EUの条件不利地政策も効いている。ドイツやスイスに隣接するフォアアールベルグという地域の特性もあると思うが、農山村における生活は極めて近代的で、若い世代がよい自然環境の中で快適に暮らしながら、その土地で働いたり、近くの地方都市へ働きに通ったりしている。山村といっても農家ばかりでない(つまり農家の数は少なく、1農家の耕作面積が日本のそれと比べて広い)。田園部で暮らすことが、イコール「農業をする」とか、「昔ながらの暮らしに戻る」「利便性や教育をあきらめる」ことではなくて、良質な暮らし・人生のあり方の一つとして共有されていた。

驚いたことは他にも無数にあった。たとえばこれは、Sankt Geroldという人口・362人の村の庁舎。 

小さな建物だが、役場機能、住民も使える会議室や大きな部屋、小さな食料品と日用品の店、そして幼稚園を含むコンプレックスとして建てられていた。

日本の公共施設の中では、いま、図書館が1馬身抜いて先頭を走っていると思う。新しい図書館を計画する際に、書物以外の情報をどう扱うか、市民活動をどう育むか、子どもたちの居場所をどう確保するか、といった事々が話し合われないことはまずないだろう。図書資料を保管・閲覧する空間から、これからの社会に必要な活動や関係性を涵養する空間に移行している。

その目で見ると公共美術館の多くはまだ「コレクションと展示」軸で運営されていて、社会装置としてどうあれば?という試みはやっと始まりつつあるところなんじゃないか。その美術館の、さらに周回遅れで走っているというか、立ち止まっているようにも見えるのが自治体の庁舎であり、各地区の公民館だと思う。

Sankt Gerold以外にも複数の町村庁舎を回った。これらの町村は日本における市町村合併前の単位であり、庁舎の分布は現在の公民館に該当するものだけど、機能的合理性が大きく違う。
行政のあり方にも驚きがあり、たとえばLudeschという3,400人の町の役場職員は、わずか数名だった。

神山町は人口5,000人少々で、役場職員は100人少々だ。「これはいったいどういうこと」という「!?」が前回は中でも大きく、その後の一年間、いろいろ調べたり学んだ上での視察再訪で(学びの中心人物は僕でなく別のスタッフ)、一昨晩の集いはその報告機会だった。 

冒頭でメンバーの一人が語った言葉がよかった。うろ覚えで記述すると、「自分たちはオーストリアへ、真似たり、応用できるものを見つけに行った」「その中には、いますぐには出来なくても、時間をかければ出来るものがあったり。一つの町では難しくても、広域で考えれば、よりよい形で出来るものがあるように思う」だったかな。

海外視察や事例について〝で、どうするの?〟〝日本とは文化や社会のあり方が違う〟〝役に立たない〟と、短絡的に反応する人はどこでも生じやすいと思う。その苛立ちはわからなくもない。
でも扱い方の解像度をすこし上げて、「現在の私たちが、変わることもなく、いますぐに」という縛りを解くことが出来れば、見てきた内容の意味合いも大きく変わる。海外であれ国内であれ、そもそも良い事例には年季の入っているものが多い。それを脇に置いて「すぐ役立つか?」という物差しをあててしまうのはもったいないよな、と彼の話を聞きながら思った。 

報告された内容はボリュームが多く、多岐に渡り、ここでサラッと書けるものでない。翌朝まちの人々が読んでいるメーリングリストに、「行ってよかった。飽きなかった。〝脳〟が刺激をうけた」とあるおっちゃん(60代中頃)が長めの感想を流していて楽しかった。もちろん報告会がゴールではないので、次は咀嚼する時間がつづく。いつか、町外で報告出来る機会もあるかもしれない。

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