
淡路はたらくカタチ研究島
12-12-01 西村佳哲
今年は7・9・11月の三連休を、すべて淡路島で過ごした。2泊3日のワークショップを14名の参加者と、季節を変えて3回。
自分にも初めての体験かつ楽しかったので、終わって間もないうちに書きとめておきたい。
ことの始まりは約一年前、淡路島に移り住んだ写真家の茂木綾子さんから届いたメール。「国の予算で、地域(淡路島)の人たちを対象にした約二年がかりのプロジェクトを始められそう。手伝ってもらえませんか?」とのこと。
彼女を含む淡路島の若手数名と、ひとまず京都で会って詳しい話をうかがった。
話を交わすうちに、だんだん温かい感じがしてきたので、何はともあれ関わらせていただくことに。「三連休をつかった2泊3日のワークショップを、二ヶ月ピッチで計3回」というアイデアをその場で伝えた。
プロジェクト全体には、その後「淡路はたらくカタチ研究島」という名前が付いた。ディレクターは九州の江副直樹さんと、大阪の服部滋樹さん(graf)のツーヘッダー。一年目はこんな内容で構成されている。

基本的に各研究会は、島内の人々を対象にしている。
が、僕が担当したプログラムは「参加者は島内が半分、もう半分は島外の人で構成されるといいね」と話し合って準備を進めた。
これからの島の仕事や暮らしについて、考えたり、つくり始めてみるのなら、島の中だけでなく、外からの風や光も欲しいだろうと思い。
淡路に移住してみたいと思っている人、移住まで考えてはいなくともこの島に興味がある人、今は離れているけれど機会があれば戻ってみたい地元出身者も含み、軸足の異なる人が混ざり合える場があるといいんじゃないか。
ただし、瞬間的なイベントではなく。
そもそも半日程度のイベントのために遠方から来てもらうのは難しい。2泊3日などのまとまった機会をつくる方が、むしろ時間もとってもらいやすいはず。
7月は「自分の仕事」、9月は「自分たちの仕事」、11月は「淡路島の仕事」というテーマを設定。全3回参加を前提に受け付けたので、ハードルは高かったと思う。でも十数名の人々が集まって、離合集散の数ヶ月を過ごした。
北淡の小さな研修施設に滞在して、書いたり、話したり、食べたり、語り合って。

たまに車を走らせて、島で暮らしを営んでいる人々に会いにも行った。

夜には「淡路はたらくカタチ研究島」を企画したメンバーに来てもらい、彼らが淡路島でどんなことを感じたり、考えながら暮らしているのか、話をゆっくりうかがう時間を持ったり。


移住者を増やしたいにせよ、交流人口を増やしたいにせよ、その手がかりになるのは「ひと」だ。「あの人」と思い浮かべられる人が一人いるだけで、その土地は余所のどこともちがう温度を持つ。
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僕は日数の長い、たとえば1週間くらいの長丁場のワークショップを年に2〜3回ひらいている。
ある種の質を持つかかわり合いを何日か重ねてゆくと、最初に会ったときはただの「30代前半の男性」だった人が、ただの「そんな人」ではなく、個別具体的な思いや事情や喜びを抱えて生きている「○○さん」として、より立体的に感じ取れるようになる。
その人が聞かせてくれた話の中身だけでなく、どんなふうにそれを語っているか、何気ない仕草、周囲のものごとや人生に対する態度が同時に見えてくるので。
これは「見透かされてしまう」ような怖いことでは決してなくて、あり様や存在が感じ合えるようになると、逆に互いの自由度は増す。有機的なつながりが育ってゆくと、そのメンバー同士で出来ることも増えてゆく。筋肉が伸びて、関節の可動域も広がるような感じ。
で、相手の見え方も変わる(解像度が上がる)けれど、同時に相手自身も変わっている。
このワークショップに参加したことで云々…という話ではなくて、ひとは大人になってもどんどん変わってゆくし、変わっているんだな!という気づきがくっきりしたのは〝季節を変えて三回〟構成によるところが大きいと思う。ここが初めての体験。
終了後メンバーの一人が、「濃厚なプログラムだったけど、意外にみんなとの別れ際があっさりしていた」と漏らしていて、それも楽しかった。
また会うし、自分の中にいる感じがするしね。
#これは「海ホタル」です。:-)

by LW 2012/12/2