
遠くを見ることについて
17-5-6 西村佳哲
僕は身長がやや高く(180cm)、それもあってか姿勢が崩れやすい。顔写真を撮られるとき「もう少し顎をひいて」と言われることが多く、静かに恥じ入っている。
身長が高いと姿勢が崩れやすい理由は、電車の窓(開口部が低い)や日本家屋の鴨居など、首を落とさざるを得ない機会が子どもの頃から多いからで、加えて近年最大の理由はノートパソコンでの長時間作業やスマートフォンだ。
京都にダンサーの友人がいて、彼女はみごとに姿勢がいい。「いちばん重いのは頭。それをどう支えるかで身体全体の使い方が変わる。姿勢は自然に良くなるし、筋肉が満遍なく使われるので太らない」と言う。ダンスと別に、姿勢に関する市民講座もひらいていて人気だとか。
彼女は「頭の上に『リンゴ』をのせると、姿勢が良くなる」と教えてくれた。確かにイメージでも「リンゴ」をのせると、その瞬間に、歩き方や身体の使い方が変わる。面白い。
で、ときどきリンゴをのせていたが、すぐのせていたのを忘れてしまう。
うちの母は、70代後半に差し掛かってきたが姿勢がいい。歳をとると「いちばん重い」頭部を支えきれなくなって、前に落として姿勢を崩してゆくひとが大半だと思うけれど、バレエを学んでいたとかそういう背景もなくシャキッとしている。
彼女は「自分が『リンゴの実』になって、枝からぶらさがっている状態をイメージしているのだ」と言う。またリンゴ。でも今度はのせるのではなく、つり下がっているリンゴに自分がなる体感イメージだ。
やってみるとこれもいい。野口整体の野口晴哉氏が「背骨に一本の糸を通すような感覚」と、整体の勘所を書いていた気がするのだけど、それと通じるものもあるような。
どちらもポイントは「頭頂」への意識。リンゴをのせるとそれに支配されてしまう感じがあるけど、つり下がっている分には身体の自由度も高い。吹いてきた風に揺られたり。「いいね」と思い、今度は人知れずリンゴになっていたが、半年ほど前にまた別の画期的な方法を知った。それは「遠くを見る」である。
All About に中村尚人さんという方が寄せている「頭のてっぺんを意識するだけで正しい姿勢に変わる」という記事に「頭頂を知るのに、簡単な方法があります。それは、遠くを見ることなのです」と書かれていた。
「この時には少しあごが上がりますよね。この状態だと、上下の歯は接触することはありません。2〜3mm隙間ができます。これが顎関節としての正常な位置です。顎関節の正常な位置は、頭部の正しい位置とも言えます」云々。
これは目からウロコというか。これまで姿勢の整え方について聞いてきた幾多の話の中で、もっとも正鵠を射る感じがあった。かつシンプルだ。
実際にやってみるとわかる。スッと整う。あとその瞬間、息が深くなる。
都市部だと「遠く」を見ること自体が難しいかも。雲とか星ではなく、地平線や水平線の方を見たいので。
「あごをひく」を意識すると、すこし力んで不自然になってしまうのが嫌だったけど、以来「遠くを見ればいい」とわかり、撮影も姿勢も気持ちも楽になった。で、ときどき遠くを見ている。
ひとが遠くを見るとき、姿勢が自然に最適化されているというのは、二足歩行という人類の基本特性と関連しているのかな。原初の人たちも、立ち上がってはもっぱら遠くに目をやっていたはずだ。
4〜5年前、陸前高田で箱根山テラスをつくるとき、設計チームの長谷川浩己さんや地元メンバーと交わしていた話の中に、「遠くのものを、ぼーっと眺めることのできる時間や場所が必要だよね」という言葉があったのを思い出す。
いま僕がすごく欲しいものの一つは日常的な眺望だ。自分の暮らしの中に、遠くを見る時間がもっと欲しい。遠くを眺める時間を大切にしたい。
by LW 2017/5/6