ひとの居場所をつくる

13-11-01 西村佳哲

富ヶ谷のパン屋・ルヴァンの横にある、ルシャレというカフェで書いている。

先ほどまでオーナーの甲田さんに、ある思い付きを伝えていた。うまくいけば二年後くらいに形になるだろう。
小麦を挽く臼(うす)が突然故障した様子。替わりの機械を借りに、どこかへ車で出かけていった。

このカフェは最初からあったわけではなくて、21年前、富ヶ谷店ができた3年後にオープンした。
ルシャレ(Le chalet)はフランス語で「別荘のような山小屋」という意味。

店内。僕の実家は東京の住宅地で母が営んでいた「シャレー美容室」(現在は閉店)。命名はサラリーマンだった父。ルシャレのネーミングには共感をおぼえやすい背景を持つ。

調布の工場で焼いたパンを自然食品店に卸していた甲田さんたちが、路面店を富ヶ谷に出した動機は「焼きたての味を知って欲しい」ことと、それに加えて…

「パンを売るというより、〝分け合う〟。商品の売り買いだけじゃなく、世間話をしたり、困ったことがあれば助け合ったりする関係をつくりたい。むこう三軒両隣だっけ? そういう拠点をつくれたら。」
(たまたま店にあった「天然生活」11月号より)

という気持ちがあり、ルシャレが出来たことでさらに広がりが生まれたんだよね、と先ほど話していた。

下校中の小学生が「お水ください」と店に入って来る姿も時々見かける。文字通り「山小屋」のような場所だと思う。
以前こんなふうにも話していた。

「天然酵母のパンが好きな人たちは、どちらかというと田舎志向が強い。なぜ東京にいるの?と、よく聞かれた。でも僕は田舎に都会をつくるより、都会に田舎をつくってみたかったんだよね。
山へ行くと、すれ違う人たちが『こんにちは』と挨拶を交わす。山小屋で腰を下ろして、持っている食べ物や飲物を分け合ったり、今日歩いてきた道や、これからの行き先について話を交わす。
都会で暮らしている人たちのそんな場所になればと思って、ルシャレという名前にしたんです。」

三日前まで十数名の友人と、遠野のクイーンズメドウ・カントリーハウス(QMCH)に滞在していた。

近くにある駒形神社のご神木。

これは個人的な趣味のような催しで、僕以外はそれぞれ互いにあまり知らない者同士、自分が「頑張ってるなー」と常々共感をおぼえている人に少しづつ声をかけて、集い、とくになにをするというプランのない二泊三日をすごすもの。
6月にも一度ひらいて、今回は二度目だった。

毎回非常にくたびれる。面白すぎて。

自分でユンボを動かして整地し、プレハブの家を建て、住まいづくりと同時進行で子どもを育ててきた夫婦。来年高校を卒業して食の仕事をしてゆくと語る、その子ども。
福岡の政財界と市民の間で、これからのまちづくりを担うシティ・マネージャーという仕事に日々取り組んでいるひと。
縁あって出会った小豆島の人々との関係を手探りで育てながら、デザインとその周辺の仕事を楽しく拡張しているように見える大阪の二人組み。
一見優雅なパリの国際機関づとめを離れて、日本に戻り、もの書きや場づくりを重ねている女性。(キリがないな)などなどなどなど。

QMCHに滞在中の田瀬理夫さんも交えて、互いに、進行中のプロジェクトを報告であるとか、知らないことを教え合ったり、困り事を相談したり。

高原にも足をのばしつつ、いい時間をすごした。

9月に新刊『ひとの居場所をつくる』(筑摩書房)が出版された。

ランドスケープデザイナー(本人の自称は造園家)の田瀬理夫さんに、一年ほどかけて話をうかがいながら書いた本。津田直さんの写真や、千原航さんのブックデザイン、5×緑・宮田さんたちとの協働。

書き終えてしばらくの間は、自分がなにを書いたのかよくわからない感がある。わかっているつもりでも、一年とか三年、あるいは数年経ってから「このことを書こうとしていたのか」と気づくことが少なくない。

なので、いまこの本について書きたいことはあまりない。まあテキストは、本にたくさん書いたし。

田瀬さんの存在と実践を手灯りに、「これからの日本でどう生きてゆこうか?」という問いを扱ってみた一冊。最近〝個人のサバイバル〟をめぐる話が世間に多すぎる気がしていて、それを越えてゆく仕事や働きについて考え、書いてみたい気持ちがあった。

あと〝場所〟について。

別の機会に、QMCHから帰ってゆくゲストの姿を見ながら「来たときより元気そう」とつぶやくと、隣にいた田瀬さんが、てらいなく「ここは場所に力がありますからね」と言った。

それはこの場所がパワースポットであるとか(確かに神社に近いが)、いい水の湧く土地であるといったスピリチュアルな意味合いより、むしろ「人の仕事がちゃんと蓄積されている」ことを指しているのだと思う。
彼らが十数年、日々手を入れつづけてきた場所。

そういう場には体温が感じられるし、居心地がある。
身近な環境に手を入れつづけるって(身体も含み)、本当に大切なことだ。

田瀬さんたちは田舎の中山間地に、甲田さんたちは都会の坂の下に「ひとの居場所」をつくり出している。

この11月はその田瀬さんと、大阪と福岡で、レクチャー/トークイベント/フォーラムの三つの場を持つ。
>三つの関連イベント

琴線に触れるものがあれば、お越しください。
本(『ひとの居場所をつくる』)も、読んでもらえたら嬉しいです。

by LW 2013/11/2