日周期と生物時計の話
脈拍、呼吸、地球の公転。太陽の黒点活動の周期は約13年。太陽系は2億5000万年の周期で、銀河系をめぐっている。
その中に、太陽がのぼっては沈み、またのぼる。一日・24時間のくり返しのリズムがある。これは生物時計、またの名を概日周期 (Circadian rhythm)といいます。
日本科学未来館・時間旅行展(2003)でリビングワールドは、この日周リズムのパートを担当することになりました。
制作に先がけて、山口大学の富岡憲治先生(現岡山大学)と井上慎一先生の研究室を訪ね、資料や実験の様子を見せていただいたのですが、えらく面白かった!ので、以下にその報告を。
ラット(シロネズミ)は夜行性。籠の中の彼らは、夜になるとさかんに車回し運動をつづけます。
その活動データをグラフ化したもの。横方向に、二日分・48時間のデータが折り返して並んでいます。濃い部分は、ラットによる車回し運動。
上から「a」までのブロックを見てください。夜に活動し、昼はあまり回していない様子があらわれています。
「脳とリズム」川村浩 1989/朝倉書店より
実験者は「←a」のタイミングで、暗い時間帯を、人工的に15時間後退させたようです。
すると約二週間をかけて、人工的な夜の時間帯に、ラットの活動がシフトしています。
この次が大事かつ面白い。
実験者は「←b」のタイミングから、昼も夜もない、完全に暗い状態をつくりました。昼夜がなくなったことで、ラットの生活リズムは支離滅裂になる….かというとそんなことはなく、周期は一ヶ月以上ハッキリと持続しています。これは一種の慣性なのか。
あるいは、太陽の動きや明暗に関係なく動く「時計」が、ラットの体内にあるということなのか?
よく見ると、活動する時間帯が少しづつ斜めにずれています….。
「脳とリズム」川村浩 1989/朝倉書店より
生物の体内には、明暗や太陽の動きに関係なく、一定の周期を刻む自律的な時計があるらしい。
この事実は、地表面の多くの生物について確認されてきたそうです。しかしそれは一体どこにあるのか。具体的事実が明らかになったのは、ようやく最近のこと。
写真は、ラットの脳の断面図。矢印部分の視交叉上核に、周期をつかさどる遺伝子を含む細胞が確認されました。
「脳とリズム」川村浩 1989/朝倉書店より
問題の細胞の拡大写真。
蛋白質量の増減周期を制御する遺伝子の仕組みが、ここに発見された。
「脳とリズム」川村浩 1989/朝倉書店より
この細胞を切り離して培養をつづけると….。生体から分離されたにもかかわらず、細胞単体で約24時間のリズムを刻みます。(切り離された視交叉上核のサーカディアンリズムの連続記録[井上ら, 1981])
でも、ここまではラットの話(実験が容易なので哺乳類代表として扱われやすい)。では、ヒトはいったいどうなのか?
R. Wever, The Circadian System of Man
以下は、R. Weverという研究者による「The Circadian System of Man」からの写し。彼は、地中に外界との接点や明暗リズムの無い生活環境をつくり、学生等のボランティアによる実験を実施(1969)。起床・就寝のリズムが、どう推移するかを調べました。
R. Wever, The Circadian System of Man
このグラフは、実験におけるある被験者のデータ。結果として、一日を平均約25時間とする周期性が浮かび上がってきたそうです。
もちろん例外はあり、二週間目から急に33時間周期に移る人がいたり、前倒しで16時間周期に転ずる人もいた様子。
いずれにせよラットと同じく、私たちヒトも、明暗に関係なく刻まれる「時計」をこの身体の中に持っている。そしてその時計の周期は、地球の自転周期である24時間(正確には23時間56.41秒)にだいたい近似でいて、かつ微妙に、約一時間ほどずれている。
「脳とリズム」川村浩 1989/朝倉書店より
これら概日リズム(Circadian rhythm/だいたい一日のリズム)は、ラットやヒトを含む哺乳類はもちろん、植物、軟体動物、昆虫、両生類、鳥類など、地表面に生きるほぼすべての生命に確認されています。
24時間より長い周期も、逆に短い周期もある。が、だいたい24時間前後4時間以内に集まっているのだそう。太陽の光がとどかない洞窟の奥や深海には、このリズムが確認できない生物もいるそうです。
考えてみれば、地球の生命圏のエネルギー源は太陽。
地表にとどいた太陽エネルギーは、まず植物によって有機物に転換され、他の生物がそれを利用しながら、互いに絡み合って生きている。
生物時計は、太陽に寄り添う生命が、長い年月をかけて形づくってきたリズムなのでしょう。
さて、これらを背景とする展示物をつくる。
→A DAY/生命のリズム(時間旅行展、MeSie 2003)へ
by 2003/3/19