空港のための音楽

EarthClockの分報・時報の音は、ミュージシャンの松前公高さん(上/工事中に撮影)が手がけた。
「空港の音楽というのに思い入れがあったんです」と松前さんは語る。アンビエント・ミュージック(環境音楽)というジャンルを世界に知らしめたブライアン・イーノの1978年のアルバム「Music for Airports」への思いがあったからだ。

「空港ってたくさんの人が通過していく場所ですよね。環境音楽は無視することもできる音楽、存在を意識させない音楽、雑踏の音やレストランのナイフやフォークなどの音と混じりあう音楽と紹介されていて、とても強く興味を持ちました。
 今回のEarthClockの音づくりは、通り過ぎる人が長い音楽の中のどの断片を聴いても、同じ印象を与えるように考えたものです」

神戸空港にて(撮影:2006年2月)

イーノの環境音楽は心地よい旋律がゆったりと流れるものだった。が、今回の仕事は分報である。

1分に1音の音楽

「1分に1音鳴るというのは、音楽で言うとテンポ1です。ふつうロックだとテンポ130とか120、ドラムンベースだと160。1拍を1分間に何回叩くかで、テンポ120とかテンポ130という言い方をするんですけど、1分間に1音、分報を鳴らすのはテンポ1の音楽と解釈できます。
 あるいは1秒間に1小節、音が鳴って、残り59小節が休符といった解釈もできる」

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開港前のロビー各所に立って、響き具合をチェックする松前公高さん

当初は59回の分報はすべて別の音色にしようと考えていた。松前さんが100個くらいの音を制作して、音のイメージに合わせてデザイナーの根本仙弥さんが60種の時計をデザインした。

しかし60個全部違う音色というアイデアは、神戸空港で実際に音選びをしていく過程で変更になった。
松前さんとリビングワールドのお二人、デザイナーの根本仙弥さんが、実際に現場にスピーカーとパソコンを持ち込んで約100個の音を鳴らして使う音を選んだ。

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用意してきた100種類以上の音を、実際に鳴らして採点中

ピンと来るか・来ないか、互いに意見を言い合いながら、20~30音へ、さらに3音へと絞り込む。
結局ひとつに絞り込んで、その音色で音の高低(音程)を変え、全60分でひとつの音楽にするという方向性を探ることになった。

「音の立ち上がりをアタックというのですが、警告音とか人に注意を払わせるには、突然始まるアタックがある音のほうがいい。
 しかし分報ですから60秒に1回鳴るわけで、突然音が鳴ると人は驚くし耳障りにもなります。ですから自然にゆっくり立ち上がってゆっくり消えていく音にしたんです。ただしそれだと、どこでちょうど00秒になったかわからない。なのでフワーンと始まりながら途中でピンと音が立って時間がわかり、またホワーンと消えていく音を考えた。
 スローアタックで頂点のある音にどんな音色が合うか、非常にこだわりました」

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早回しして聴くと美しいメロディになっているのだろうか?
「美しいかは別問題ですね。たとえば日本の童謡はほとんど5つくらいの音程しか使われていなくて、同じ音程を連続することもある。
 今回の場合、メロディらしさは多少あるけれども、それよりも音程がランダムになるように、前の音からの振り幅をつけるように心がけています」

時報の音色は分報と同じだ。時報は5秒程度の短いメロディを奏でる。

Earth Clock・時報Sound design:Kimitaka Matsumae

しかし、分報は1音鳴って、50秒経ち、忘れた頃にまた1音鳴る。人の頭の中では、音のつながりをメロディとして結びつけることができない。
それでも音楽と言えるのだろうか?
はたして音なのか? 音楽なのか?

音づくりは空間づくり

「僕はシンセサイザーにこだわって音楽をつくっています。シンセサイザーにとっては音も音楽なんです。
 譜面では、音色は記述しきれない。たとえばドの音程が1分間鳴る音楽があるとして、そのド音が楽しい雰囲気か恐ろしい雰囲気か、ビヨワワワワア縲怎唐ニいう音の動きか、ブゥゥ縲怩ゥは譜面では書ききれない。
 シンセサイザーの場合、音が空間でどう鳴るかまで表現して初めて音楽として成り立つんです」

音づくり即ち空間づくりなのだろう。音の鳴らない分報の間の約50秒って、もしかしてジョン・ケージの「4分33秒」の無音の音楽に近いのかもしれない。
分報に挟まれた雑踏の音はひとつとして前と同じものがない。1分ごとに変わる音楽と言えるかもしれない。

日々変わる音と日々繰り返される音が、出発ロビーの空間を染めていく。
EarthClockの奏でる音は、搭乗案内のアナウンスやチャイムや人々の話し声や足音にゆったりしたリズムを与え、空港という空間自体をひとつの音楽に変えてしまうのである。(藤崎圭一郎)

→その3:アースクロックの経済学
 

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音を比べているLW・西村と松前公高さん(2005年末、スクリーン工事前)

リビングワールドより:
松前公高さんとは、横浜・みなとみらい駅「COLORS」や、内田洋行「プロジェクションテーブル」の制作もご一緒しています。

 

by 2007/1/21