サウンドバムが始まるまで

リビングワールド以前。約十年前の1996年、僕はセンソリウムというウェブの実験プロジェクトに参加していた。竹村真一さんや、東泉一郎さんとの仕事。

当時はウェブデザインの黎明期で、「トヨタが1万ページのサイトをつくった!」とか、そんなことが話題になる時代。

僕らは、1ページしかなくても、その先に世界が広がるものはつくれるんじゃないか(たとえばEarth Viewのように)と考えていて、ある日、音で構成するページのアイデアを友人に話していたら、「音を録る仕事をしている川崎義博さんという人がいるけど、会ってみない?」と言う。

どこにいるの?と聞くと、「いまちょうど屋久島に行ってるんじゃないかな」。

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屋久杉ランドの奥、荒川の支流で音を録っている川崎義博さんを発見

会いに行った。
屋久島の飛行場について、安房から屋久杉ランドへ(名前はファンシーだけどいい場所)。遊歩道の入口で、ここ数日川崎さんと行動をともにしている現地のガイドさんが、到着を待ってくれていた。
川崎さんは、いま川で音を拾っているという。

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水面に小さなマイクを近づけて音を録っている

森の奥へゆくと、川の中にしゃがみ込んでいる川崎さんを発見。音を録っている様子。片手にマイク、腰のポーチにDAT。頭にヘッドフォン。
あたりにはダーッという沢音が溢れかえっていて、時々鳥の鳴き声がする。

僕に気づいた彼は、立ち上がって「聴いてみる?」と、ヘッドフォンを差し出してくれた。

かぶってみると、聴こえてきたのは耳をくすぐるように転がる、小さな水音。水差しでコップに水を注ぐ時のような、とても繊細で可愛い音だった。
驚いてヘッドフォンを外すと、ダーッという沢音。

うーん。なるほどね!
この大きな沢音は、無数の小さな水音の集まりでもあるんだな。この人は、マイクを虫めがねのように使って、自然をみているわけだ。
こんな仕事をしている人がいるんだな…。

今回録った音は、屋久島をテーマにした環境映像のDVDに使われるという。撮影チームとは別行動で動いているそうだ。
翌日、朝の森の音を録りにゆくという川崎さんに同行。日が暮れるまえに白谷雲水峡を登り、途中の山小屋で一泊する。

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白谷雲水峡を登りながら、朝を迎える森の音を録る

仮眠をとった山小屋を出て、まだ真っ暗な山道を歩きながら、川崎さんが話しかけてくる。
「朝の光が森に入ってくるとね、音が変わるんだよ」

じきに空は白みはじめて、尾根を越えた太陽の光が幾筋もの木漏れ日になって、森に射し込んできた。一日のはじまり。すると、森は朝の音になった。鳥の鳴き方も、梢をわたる風の音も、それまでと明らかに違う響き。

山道を登りながら、川崎さんはまったく見晴らしのよくないところで立ち止まって、目をつぶってウットリしている。そして「ここ、いい音だねえ…」と話しかけてくる。
横に並んで目をとじると、確かにいい。谷間だから眺望はまるでないけど、地形がうまく音を集めて、バランスや響きが心地よい。

風景を耳で眺めながら、こんなふうに自然の中を歩いている人がいる。音で世界を感じている。僕らと違うところで立ち止まり(峠や山頂でなく谷間)、知らぬ間に素通りしていた世界の細部を味わっている。

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尾根の大岩の上で、風の音を録っている

目が覚める思いで屋久島から戻ったその数ヶ月後、MSNが日本に上陸。大内範行さんというプロデューサーと出会い、「Sound Explorer」というウェブサイトをつくることになった。

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Sound Explorerのトップページ(1997)

世界各地にライブマイクを設置して、その音をインターネット越しに聴けるようにする企画。
インターネットに出会ってまだ間もない僕らは、「今この瞬間」、そして「つながっている」という感覚に興奮し、そこに可能性を感じていた。

サイトの一部に、アクセスすると「いま朝を迎えている場所の音が聴こえてくる」ページもつくることに。世界48カ所にライブマイクを置いて…と夢想したけど、なかなか難しい。

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アクセスすると、いま朝を迎えている場所の朝の音が聴こえてくる

西表島、パリ、ロサンジェルスなど、五カ所にマイクを設置することが出来た。けど、そのほかの地域については録音した音でつなぐことに。
川崎さんと、サンタフェの郊外やニューオリンズ、サンフランシスコ、パリやロンドンを二週間でまわる世界一周の旅に出かけた。

この旅で、森や海辺や街角でテープを回し、あたりの音に耳を傾けて過ごす時間をかさねるうちに、レコーダーを持って出かけると、旅の経験がまるで変わることに気がついた。

それは、スケッチブックを持って出かける旅に似ていると思う。立ち止まった場所での滞在時間が長くなり、旅足はゆっくりとしてくる。
レコーダーを回している間は、同行者とも話をしない。まわりの世界に耳をそばだてている。すると、そこにあったのに、聞こえていなかった(聞いていなかった)音に気づきはじめる。森に入って、キノコが見え始めるような感じ?
ひとつひとつの音の先には、なんらかのいのち、なんらかのエネルギーの存在がある。

この旅から戻って約一年間、ふつうに音楽を聴けなくなってしまった。窓をひらけば鳥は鳴いているし、遠くで子どもたちが遊んでいる。それを耳にしているだけで楽しい。音を楽しむことが音楽なら、世界はすでにそれで満ちているじゃないか。そんな気分で。
 

同じ頃、パイオニアの岡田晴夫さんも、世界のあちこちでフィールドレコーディングをはじめていた。彼はスタジオエンジニアで、プラスティックスの1st アルバムも手がけた人。
スタジオではなく森の奥にマイクを立てて、自然の音に耳を澄ませながら、この面白さは言葉では伝えにくいなあと思っていたらしい。

また同じ頃、小さな旅行代理店の社長・宮田義明さんは、自分の主催する旅にカメラでなくレコーダーを持ってくる人がいることを、興味深く眺めていた。
ある時その音を聴かせてもらった彼は、すごく驚いたそうだ。同じ旅に出かけていながら、自分はまったく聴いていなかった音があったことに気づいて。そして旅と音の関係は面白いかもしれない、と考え始めた。
 

約二年後、この四人が出会う。人生における重要なことの大半は、偶然おこるものですね。

「音を聴きにゆく旅のスタイルを提案しよう」という話になったけど、「音の旅はいい!」とかウェブに書いてもつまらない。
やっぱり旅だよね。
体験を共有したい。一緒に出かける方がいいよ、という話になって、1999年9月・フィジーへの旅から始まったプロジェクトがサウンドバムなんです。日本科学未来館などでの音の展示は、そのお裾分けのひとつ。

今年の秋は、中国・杭州へ出かける予定。

→サウンドバム:What’s New

(西村佳哲)
 

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by 2007/5/1