箱根山テラス とは

2014-9-3 西村佳哲

この文章を書いている今ごろ、陸前高田の広田湾を見下ろす山腹で「箱根山テラス」という宿泊・滞在施設の竣工式が行われている。

自分は別の用件で仕事場を離れることが出来ず、でも気持ちだけでもと思いながらこのテキストを書いている。2年半、このプロジェクトにかかわってきた。

長くなりそうなので、
1. 「箱根山テラス」とはなにか
2. どんなプロセスがあったか
3. プロジェクトをつうじて考えたこと
にわけて書きます。

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「箱根山テラス」とはなにか

大規模なかさ上げ工事が進む陸前高田。その平野部と、北側の大船渡のあいだに、箱根山という標高450mほどの低山がある。
「箱根山テラス」はその中腹に生まれた場所で、制作中のパンフレットには「木と人をいかす 宿泊・滞在施設」というコピーが入っている。

プロジェクトの中心人物は長谷川順一。地元の建設会社の若き社長さんだ。30代中頃。ときにこんな人。

Photo: Fumie Abe(最初の写真を含む)

先代が夭逝し、20代後半で社長職を継いだとか。

2011年の震災前の陸前高田・市街地(同社パンフレットより)

そのご苦労も多々あっただろうけれど、地元の仲間たちとえっちらおっちら操業していたところに、2011年3月11日の震災が発生。

社屋は資材置き場ごと流されたが、いまは別の場所にプレハブを建て、人々の家の建て直しや、復興工事などの仕事を日々重ねている。

順一さんは震災を経て、地域で使うエネルギーを地域の外から調達してきたこれまでのあり方に疑問を抱くようになり、かなり勉強したようだ。

陸前高田は隣りに住田という町があり、そこは林業で有名な地域でもある。(画一的なプレハブの仮設住宅でなく、木造の仮設住宅を建てたことでも有名)
森林から熱エネルギーを調達する仕事をつくってゆけば、その循環の中で地域の仕事もつくり出せる。

被災地と呼ばれる地域には、働き盛りの世代(子どもがいたり)が致し方なく内陸部に移ってゆく動きがある。
生計と同時に、意味や意義が感じられる仕事を提供してゆきたいという想いもあって、順一さんたちは本業のかたわら、木質資源による地域熱供給を目指す事業を本気で育てている。

長谷川建設が運用する「THE PELLET STORE IWATE」のサイトより。「自分たちの地域のエネルギーを、自分たちの手でまわしたい」

震災後、仕事の合間をぬって、全国各地の事例も見て回ったとのこと。
ペレットは加工過程で別途エネルギーを要するので、燃焼効率や運用性に欠けるとはいえストーブや薪ボイラーの方が良い、と言う人もいると思う。

が、彼はペレットが好きになってしまったようだ。
PDF「対談:ペレットに恋して」

私見だが、本業の建設業は、復興需要もあってしばらく継続出来るだろう。しかしいずれ先細りになる。
そもそも陸前高田は、工業系の大船渡と、大規模な漁業を営む気仙沼の二つのあいだにあり、歴史は古いものの、主たる産業を持たないベッドタウンのような町だった。
沿岸部の他の町と同じく過疎傾向の只中にあり、持続的なこれからの営みを形づくってゆくには、なにかジタバタした動きがいる。

しかしそれは楽天的に模索されてゆく方がいいし、ジブリ風にいえば「理想を失わない現実主義」が欲しい。順一さんは個人的な資質として、それらを持ち合わせているように見える。

箱根山テラスの目的は以下のとおり。

「将来世代を含めて、人々が健やかに生きてゆける状況を、木質バイオマスを軸にしたエネルギーシステムと、地域内外の人々がくり返し訪れる場づくりをつうじて、陸前高田に実現する」

人が生きてゆく上で欠かせない資源に、〝食糧・エネルギー・住居〟の三つがあり、その健全性が日々の営みの健やかさを形づくる。
箱根山テラスでは、まずエネルギーを切り口にその実現を試み、人々にこれからの〝暮らし方〟の具体的な提示を行ってゆく。

センター棟ロビーのストーブは、さいかい産業のDK-12。煙突のような手前の円柱は熱交換ユニットで、内部で空気を対流させつつ輻射熱で周囲を暖める。ファンヒーター型が主流のペレットストーブの中では独特な一品。

というわけで、順一さんらは木質ペレットの普及にむけて、まずはペレットストーブのリース事業を始めていた。
しかしその先で展開してゆきたいのは、実はストーブ以上に、ペレット「ボイラー」による小規模な地域熱供給だ。

一機のペレットボイラーを設置すると、半径約1km圏内の、他の住居や施設への熱供給が可能になる。
住居のエネルギー利用の内訳をみると、給湯に要するエネルギーは31%を占めている。とくに日本は風呂の習慣もあってこの割合が高い。

LIXILのサイトより引用

箱根山テラスの敷地は、標高210mの傾斜地。その経緯はたまたまなのだけど、熱供給の観点からすると好立地だ。重力を活かして給湯できるので。

国土地理院地図より

地域エネルギー事業を片手に歩き始めていた順一さんたちの、もう片方の手に、その中核施設となり得る宿泊・滞在施設が握られたわけです。(その経緯は次回)

木質系の人々(森林資源の利活用に関心の高い人たちの仮称)も、いずれ視察に訪れるようになるだろう。

この手の話では『里山資本主義』で紹介された真庭市の取り組みが有名だが、あそこは非常に規模が大きく、地域外から調達している木材の割合も多いと聞く。
住田町のペレットも、現状は輸入材の端材からつくられたものが大半を占めているようだけど、進むべき方向が見えていればいい。北極星というか。
歩き始めることが大事だ。

そしてもう一つが「人」の話。

宿泊棟は、ツイン洋室が9部屋、和室5部屋で、最大床数は45床(ワークショップルームも含めるとプラス十数名)。

どんな場所であれ、地域の未来は「人」がいないことには始まらない。

陸前高田に〝人がいる状況〟と、〝人と人の新しい組み合わせが生まれうる環境〟をつくり出し、それを維持してゆけるといいのだけどそれには物理的な空間が必要で、ここに、さまざまな人が集いかつ滞留時間の長い、宿泊・滞在施設をつくる意味がある。

一般的に宿泊施設の多くは地域の外からくる来訪者の方を向いてひらかれている。
それを地域の中に対しても同時にひらいて、素性の違う(でも同じ)人間同士が、同時に居合わせることが可能な空間をつくってゆければ。

山の中腹につくり出された、広場のようなウッドデッキ。

ジェームス・ヤングが、「新しいアイデアとは〝既にあるものの新しい組み合わせ〟である」と述べたように、この土地における新しい営みを形にしてゆくには、人と人の新しい組み合わせが要る。

それを支える空間は、もちろん本屋さんでも、パン屋さんでも、カフェでもいいのだけど、宿泊・滞在施設の魅力はその滞留時間の長さだ。接点が増える。

とは言っても、向かいあって言葉が交わされる必要があるわけでもなくて(行われてもいいけれど)、「こんな人がこの土地に来ているんだな」「こんな人たちが暮らしているんだ」と、双方の見える化が進むことがまずは大事なんだろう。あらゆるプロジェクトの生成過程と同じように。

オフィスプランニングの古典の一つ、ドイツのセントラル・ビヘーア社。クラスター状のワークプレイスが吹き抜けを介して連続。その空間を通じて得られる双方向の視認性によって、組織の暗黙知や全体性が有機的に高まる。

こうした情報は、MITの石井裕さんが渡米前から語っていた言葉を借りれば「Awareness」という一言になる。「気づき」が生まれやすい環境を設計し、実装してゆくこと。

東北をめぐって絆とか、やや大袈裟な言葉が飛び交った感があるけど、もっと何気ない関係の積み重ねも大事にしてゆけるといいのではないかな。劇的なものばかりでなく。

一枚ものの大きなテーブルは、たまたまこのタイミングで graf の工房にあった材。

「箱根山テラス」にはその名前のとおり、大きなテラスがあり、最上段にカフェがある。

少ないスタッフで運営するので、最初はメニューも限られたセルフサービス型のカフェになるだろうけど、足りないくらいで始まるのがちょうどいいと思う。参画の余地があるから。

「箱根山テラス」は、このさき10年、20年、30年の航海に出る船のようなもので、今日の竣工式はその進水式にあたる。

紆余曲折あったけれど、船自体はすごくいいものが出来た。これはかかわってきた人が、それぞれ100%以上の力を出してきたからだ。
もっともらしい話を書くと1×1は1でしかないけれど、1.1でも1.38でも、1以上の力を掛け合わせてゆくと豊かで力強い仕事が実現する。1.02でも。そこにどんなプロセスがあったのか、自分はどんな仕事を担ってきたのかは次の投稿で書きます。

シングル利用は少し割高。多目的に使えるワークショップ・ルームがあり、研修やセミナーやグループ合宿にもいい感じで使えると思う。

2階のワークショップルーム。L字型の空間で、天井が高く、南側の窓からの眺望が素晴らしい。

【ご予約・お問い合せ】
電話: 0192-22-7088(7:00〜24:00)
メール: contact@hakoneyama-terrace.jp
http://www.hakoneyama-terrace.jp

ちなみに長谷川順一さんは、原則インタビュー等に応じない方針だそうなので、気になった人は、ともかく箱根山テラスを訪ねてみてください。
建設業とエネルギー事業の合間に、まわりの山林でなにかしていると思います。:-)

Photo: Fumie Abe

by LW 2014/9/4