Apr 19, 2020

『シェフを「つづける」ということ』という本を書いた、井川直子さんという方がいる。お会いしたことはないのだけど前に帯文を書かせてもらった。その彼女がnoteで、かかわりのある飲食店のオーナー/シェフに、いまなにを考え・どう動いているか、訊ねてゆくインタビューを始めている。

〝感染するのも、させるのも避けるため、今はみんなで目を閉じる時〟と〝売上がなければ閉店は必然〟。この矛盾する二つを、国も都も「強制はしないから、みなさん自分で考えて」と、良心に訴えて丸投げしてきたということです。

昨日気づいて今朝ゆっくり目を通した。行政、世間、常連さん、生産者さん、店のスタッフ、大家、家族。経営者はそもそも諸般の板挟みになりやすい存在だけど、なかでも飲食店のオーナーにおいてはそれが際立っていることを認識(もちろんライブハウスをはじめ他にもいろいろあるが)。あらためて「本当に有り難い仕事だな」と感じた。

彼女の連載は「○○○さん、4月10日の答。」という具合にタイトルに日付けを添えている。僕の状況認識も、3ヶ月前や1ヶ月前と比べて、いや1週間前と比べても違っている。備忘録として今日時点の認識を書きとめておこうと思った。

この感染症について

・感染者の80%は、軽症か無症状。軽症の度合いにかなり幅がある。
・ウィルスは基本的に人が持っている。自分にその可能性がある前提で行動する。
・もし罹患が疑われるときは、風邪やインフルエンザと同じく、睡眠をたっぷりとり、十分に休んで、欠かさず水分を補給し、ちゃんと食べて栄養を摂る。
・自主隔離解除の判断基準は「3日以上の平熱」。(かつ、症状のあらわれた日から1週間以上)

・ワクチン開発は「最短で18ヶ月」等の見解があるが、さらに時間を要する可能性もある。
・免疫形成/抗体検査の組み合わせも、変異が早いと十分に機能しない可能性がある。抗体がどの程度の期間保持されるかも、まだ明らかでない。
・抗ウイルス薬は、比較的早く既存のものから見出されうる。
・時間経過の中で、ウィルス自体が感染能力を失う可能性もある。(確認されている最後のSARS発症例は2004年)

・専門家会議のクラスター対策が功を奏し、日本では死亡者が少ない。同時に時間稼ぎも出来たが、その間に政府が必要な準備を出来ていない、という指摘がある。
 メモ:高橋政代さんのツイート|2020年4月16日

・濃厚接触のセンシングに、Google|Appleや、Code for Japanが動いている。(どちらも5月リリース予定)

・政府レベルの感染対応は韓国や台湾に学べる部分が多々ありそうだが、どちらにも過去の感染拡大経験があり、現時点の対応力を比べて国を責めてもあまり意味がない。それぞれの暮らしや社会に必要なことは明確に示しつつ、政治家への賛否は次の選挙で示せばいい。
・社会の安定が失われるとき、政治は権力の集中や、私権の制限を進め、独裁化に走りやすい。人々は同調圧力を強めやすい。その注意が必要。(メモ:伊丹万作「戦争責任者の問題」前半を読み返しておきたい) 

・曖昧な情報を拡散しない。自分にはわからないこと、よく知らないことについて「××××みたい」とか「らしい」とか述べない。
・医療機関に対する姿勢を考える上で、神奈川県医師会の記事(4/18)はわかりやすい。

本日時点の考え(私見)

社会全体はしばらく、抑圧政策を基本に、ときおり短い緩和政策が挿入される形になるんじゃないか。そして医療資源の逼迫度が下がり、抗ウイルス薬の投与もスムーズに受けられるようになると、感染拡大に留意しつつ、人々の活動は現状よりリラックスしたものになると思う。(抗体検査の機能にも期待)

いまは、感染者はもちろん、緊急事態宣言下で営業中の店や職場を責める〝空気〟をつくらないように気をつけたい。排除も。スケープゴートをつくり出さない。

たとえばいま開けている店でいえば、目くじら立てて怒る前に、経営者がいまどんなことを考え、どう工夫しているのか? に関心を持つ方が健全。井川さんのインタビューに出てくるシェフたちの仕事は「不要不急」の物差しをあてると一刀両断されやすいが、一つひとつの現場、一人ひとりの人生が個別特殊解であることは忘れたくない。想像力が大事。

わたしたち自身の暮らしや仕事は、当面、抑圧政策を基本に調整される。その調整は人が行うし、部分的には市場の拡大も生む。働き手が足りない、けど社会に欠かせない仕事群も、あらためてよく見えてくるだろう。不況や失業率の心配より、労働力の再配置を考える必要があると思う。

個人的に気になるのは、企業が「新卒」の雇用調整を行うこと。就職氷河期の過ちがくり返されない手立てが欲しい。
オンライン授業の試みは公立の小中高でも進むと思うが、そこで使われるツールはまだ非言語コミュニケーションに弱い。学力の維持以上に、情緒形成や人間関係をめぐる感性の育成に重きを置いたプログラムが要るんじゃないか。地域の図書館や美術館の役割が、あらためて発見されると思う。

国や地域の食料自給率、各家庭の菜園、自宅での調理、地域の暮らしを支える小商いの重要性はより鮮明になった。生存を可能にする、お金以外の手段の必要性も。でも都市部と田園部(中山間地域)では、見えている風景はだいぶ違うだろう。

生きてゆくのにお金を必要とする重力の高い場所(都市圏)で暮らす人々は、食糧や水にアクセスしやすい場所で暮らす人々より、短期的にやや不安定になる。震災後のように地方への移住を指向する人が増える、という声をときどき耳にするが、その話を「いまする?」と思う。
そもそも都市のリジリエンスが低すぎるわけで、オープンスペースと都市農業のあり方を考え直せたらいいんだけど。

最後、話が飛んだ。現時点の認識はこんな感じです。

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