Jun 28, 2025

昨年夏に始まった「駒沢の生活史」プロジェクトが、一年経って公開に至った。駒沢で生まれた。いま暮らしている。暮らしていたことのある約50名の生活史が、週に1本ずつ、これから一年かけて公開されてゆく。

https://comorevi.com/seikatsushi/

書籍『東京の生活史』を範とした取り組みだ。社会学者の岸政彦さんが上げた生活史の狼煙は、その後、沖縄・大阪・北海道と全国に広がっている。「駒沢の生活史」はその流れと併行して、ある再開発プロジェクトの中で始まった。

今年の秋、駒沢駅前の角に新しい商業ビルがオープンする。その担当者・S氏が、「便利でおしゃれな開発に終始してはもったいない」「駒沢がより面白くなる一助になれないか…」と考えて、竣工の2年前から、駒沢の街のウェブサイトをつくり始めた。

再開発の世界には、着工前の敷地に、仮設の文化施設など雰囲気がよく人が集まるものを建てて、人々の印象や場所との親和性を育む手法がある。

が、彼はローカルメディアから始めた。で、「駒沢の人が毎日のように目にするサイトをつくる」と言う。
逆に言えば「駒沢以外の人には刺さらなくてもかまわない」と考えたわけで、「その心意気やよし!」という気持ち。昨今、全方位を無造作に刺してくる情報が多すぎると思う。仮設の文化施設と違って、本命のオープン後も編集部を維持しながらつづける…という短期的な経済合理性にかまけない珍しい話でもあり、応援しないわけにいかない。

アソブロックの団さんが彼の相談に親身に乗っていて、つられて私も親身に乗って、生活史プロジェクトを提案したのは2024年の秋だ。一年半前か。

「生活史」という言葉は、岸さんの活躍で社会学側に寄った印象があるが、介護や福祉の領域でも、生物学の世界でも使われてきた。
誰かの〝©〟が付いている言葉ではないけれど、このプロジェクトは『東京の生活史』を踏襲させてもらうべきと考えたので、まず筑摩書房の柴山浩紀さんに連絡をとり、岸政彦さんに連絡をとり、「◯◯の生活史」というネーミングの使用許諾を得た。岸さんからは「ぜひ使ってください。楽しみにしてます」と快諾をいただいた。

そこから公開に至る経緯は、「駒沢の生活史について」にざっと書いた。
https://comorevi.com/seikatsushi/aboutus/

〝街ですれ違う一人ひとりに、かならず何十年分かの体験があり、その人が味わった時代と社会がある。〟

本当にそう思う。街で姿を目にする一人ひとりは、「学生」でも「高齢者」でも「外国人」でもない。個別特殊性の塊のような人生を懸命に生きている、名前のある個人個人だ。
生活史を聞かせてもらうと、その個別性の重みがしっかり感じられていい。健康にもいい気がする。

『東京の生活史』を踏襲した理由はいろいろあるのだけど、あの厚い本のページをめくりながら「東京ってなに?」ということを考えたし、「これはもっと小さいエリアでやる方が面白いんじゃないか」とも思った。

たとえば私は永福町の生まれ育ちで、この街の隅々にたくさんの想い出がある。同じく井の頭線にも無数の想い出があり、死んだら線路沿いの土手に埋めてもらえると幸せかもーと思ってしまうくらいの愛着はある。

で、そんな自分は「永福の生活史」があったら読みたい。「井の頭線の生活史」も読みたい。同じ時代に、同じ空間を生きてきた人々のそれを知りたい。街ですれ違う人々の目に見えていた情景を自分も見てみたい気持ちがある。
これは同じ場所の体験が豊富だと、より面白くなる。重層化するというか。「東京」という括りだと少し広すぎて体験の質が異なる。

まあ読みたければ自分でつくればいいとして、「いろんな場所でやったらいいのに」と思うようになった。そこの人たちにとって、余所の人が読むより面白い読み物のかたまりをつくるプロジェクトを。

かつ、これは「聞き手」がいて成立するプロジェクトで、話し手と同じくらい聞き手の存在が重要。集まった彼らも面白い人たちだった。それで生活史のいちばん下に、それぞれの聞き手の短いインタビューも載せている。

小さなエリアでやると本当にどれくらい面白いか?は、これから次第にわかってゆくことになる。一つずつ島が姿をあらわして、一年後に多島海になる。

私が担当した生活史は第4話。挿絵は各編すべて、佐倉みゆきさんです。