Aug 4, 2024

先月から「駒沢の生活史」が始まって、参加メンバーと山登りをつづけている(比喩です)。まだ尾根筋に出る前で、林間を登っているところ。

40名のメンバー(聞き手)が、駒沢あたりで暮らす40名の話を聞き、1万字以下の原稿にまとめてウェブに載せてゆく。いまは話し手の候補を考えたり依頼し始めている段階で、「もう聞き終えた!」人は数える程度。

生活史は、依頼の言葉選びが悩ましい。「インタビューさせてください」だと商業誌の匂いが漂ってしまう。聞きたい話を聞くのではなく話し手が話したいことを聞く趣旨だから「取材」じゃないし。「聞き取り」もなんか調査的で違うし。ちょうどいい言葉がない。
「聞き書きのお相手をお願いします」くらいがいいのかな。今年が第1回で、いろいろ模索中です。

7/20に「生活史の聞き方」というワンデイ研修をひらいた。で、「駒沢の生活史」に適していると思う聞き方を、ワークショップ形式で共有した。

〝聞いてくれる人がいるから、話すことが出来る〟という理解が出発点だ。どんなに喋るのが上手な人も、目の前の人が「聞いてない」気がしたら、さらに「関心なさそうだな」と感じたらエネルギーはみるみる下がってゆくし、場合によっては言葉も出なくなる。

ひとにとって「話す」ってどんなことなんだろう? 話すとき私たちはなにを体験しているのかな? ということに強い関心がある。これは次の次の本で書いてみたい。晩秋から取り組めるといいな。

いずれにしても、話し手の話は聞き手の「聞き方」の影響を強く受ける。つまり、聞き方の再学習には「話し手」としての体験が身体的な参考になるので、先週から希望に応じて、メンバーの話を30〜40分私が聞かせてもらう時間をつくり始めた。

「駒沢の生活史」はカウンセリングでもコーチングでもないので、問題を解消するとか行動を促進する意図がない。私にしてみたら知らない話を聞かせてもらえる純粋に面白い時間で、『へー。そんなことってあるんですねー』という感じ。
たまに挨拶を交わす近所の人(生活史メンバーの比喩)が、その人の家に上げてくれて、お茶とかいただきながら話を聞かせてもらっているようなひとときで、とてもリラックスしている。ありがとうございます。
 

参加メンバーは17歳から71歳で幅があり、仕事や活動もさまざま。ライター業の人も何名かいて、ここ数日は3名の「ライター」の女性の話をつづけて聞いた。

ただ同じ「ライター」でも、それぞれ微妙に違う。仕事のありようが。たとえば、雑誌に書いている人と広報物に書いている人と、紙に書いている人とウェブに書いている人では、同じ「ライター」でも仕事の質にだいぶ違いがある。

「この人たち(メンバー)同士が話すと、きっと面白いな」と思ったのと、3人つづいたこともあり、「ライター」という仕事のことを少し考えてしまった。 

「インタビューのワークショップ」をひらいていると、毎回1〜2名のライターさんが来る。
で、記事の書き方以前に、「こんな聞き方でいいのかな?」とか「自分はちゃんと聞けていない」という悩みを抱えている人がいることを知った。聞き方(かかわり方)には正解がないし、どれも密室劇で、他の人の姿を見て学び合う機会も得にくいんだろう。

でもその悩みには、たとえば「取材でラーメン屋さんに行くと、こだわりの強い店主が多くて、スープの話とかすごく聞かせてくれるし、前職とか店を始めたきっかけも語ってくれる。けど掲載スペースは500文字くらいしかないので、途中から『面白いけど載せられない…』と申し訳ない気持ちになり、完成した雑誌を送るのも気が重く」といった、無理もない無理な話がこれまた少なくない。

私は「ライターはいい仕事だな」と思っているのだけど、一般的な作業単価は低めだし、受発注関係の中で弱い立場にいる人も多い。仕事で一緒になった写真家のフィーを聞いて驚いたこともある。
雑誌ではAD(アートディレクター)の立場と力が強い。編集者より強いことさえある。で、誌面構成はADと編集が決めてゆくので、ライターは与えられた条件の中でベストを尽くす立場になりやすい。

話が少し逸れるが、建築の仕事をしていると、プロデュース・ポジションで働く人と、現場の大工さんが受け取っているフィーの差にこれまた考えてしまうことが多い。
作業の強度やリスクは、圧倒的に現場の方が高い。しかもその建築が人々に与える最終的な体験、とくに身体的な質の多くは現場の職工が担っているわけで、〝仕事の価値〟について考えるときこの非対象性はどうしたものか…とよく考えてしまう。

同じようなことを「ライター」にも思う。

で、先ほど「ADの力が強い」と書いたけど、媒体が紙からウェブに広がったことでこの条件は変わった。
ただウェブは無制限に増えるので、可処分時間の奪い合いは熾烈化したし、「読み物」の価値も作業単価も相対的に減少してしまうから、いずれにしてもライターが担う仕事は厳しいものになりやすく、たぶんなっていると思う。

私は書く仕事をしているけど、職業ライターじゃない。30代前半あるデザイン誌に持ち込んだ「働き方探訪」の企画が書く仕事の起点で、幸いそれが評判になり他媒体にも仕事を頼まれる機会がつづいたけど、「自分はライターではない」という自覚をハッキリ持っていたし、そう伝えることもあった。

「依頼があればなんでも書きますよ」というタフなタイプじゃない。あと頼まれてする、というより「頼まれもしないのにする」仕事として自分のインタビューや書く仕事を捉えていたのと、そんなふうにしか出来ないので、「働き方」というテーマを片手に始めることが出来たのはよかった。
「なんでも頼めるわけじゃなさそうだな」と思ってもらえていたと思う。

いまも「こういう仕事をします」という看板を掲げていないので、相談を持ちかけてくる人は「あなたとしたい」という姿勢で来てくれるし、「お願いしていいのかわかりませんが」という感じで話が始まる。自分もわからないので一緒に「どうしよう?」と探ってゆけるから面白い。
 

「ライター」に話を戻すと、「どんなライティングの仕事をしてゆきたいか」と「いま始められるか」が大事で、さらには「人の話を聞いて書く仕事を通じて、いったいなにを実現したいのか?」がもっと大事であり、結果的には職域開発が要ると思う。

JAに出荷することで生産物の売値を市場に決められてきた農家さんが、売値を自分で決める環境を求めて直売所をつくったり、新しい産直手法を探すように、売値も、あと質も自分で、あるいは相談して決めてゆける環境や関係をどうつくってゆけるか?が、仕事の健やかさを担保するんじゃないか。

与えられた仕事を上手にやるだけでは回らないし、成長局面にない社会ではますます回らなくなる。
ライターについて書いたけどこれはライターに限らず大工さんもそうだし、たとえば新卒就職も同じだと思う。なんで大きな合同説明会とか行くのかな。このことは『どう?就活』に書いてみよう。