Oct 14, 2024

日本仕事百貨の秋合宿に参加してきた。立場はファシリテーション担当(一部分)と親戚のおじさん役。利害関係がなく、単なる外注先でもなく、流れがわかっていて、親しい第三者の存在は悪くないんじゃないかと思う。

合宿の支援は2年前に始まった。以降、年に2〜3回のペースでかかわりながら、近くに用事があればオフィスを覗いたり、メンバーの誰かが私のワークショップで過ごしていたり、そんな関係を重ねている。

起業した中村健太さんのことをはじめて知ったのは、20年くらい前かな。中目黒でカフェを営んでいた大学時代の友人が「お店によく来る面白い子がいるのー」と彼の存在を語っていた。
ほぼ同時期に「東京仕事百貨」が始まって、本人に会ったのはいつだっけ。忘れた。親しい人の大半と最初いつ会ったか憶えていない。

出会って間もない頃、彼から「取材先の会社で『君が欲しい』と言われる(笑)」という話を何度か聞いた。代表の話をよく聞いてくれて、理解力があり、「ってことはこうですね」とか「こうじゃないですか?」と言ったかどうか知らないけど、解決力やセンスを感じさせる若者に出会ったら、「あなたを採用!」と思ってしまう気持ちもわからなくない。

さすがに最近は言われないっぽい(その手の話を聞かなくなった)。しかしその代わりに、というか、求人後の伴走支援が新しい事業として育っていて、ここ2年ほどの変化の一つとして大きい。
合宿では担当メンバーからその概況報告があった。筋がよく、健全で、稼いでもいる話を聞くのは楽しい。

人がいないと始まらない、とはいえ求人はある一点でしかない。その手前には「なぜ新しく人が要るのか?」「会社はこれからどうなってゆくの?」といった検討が要るし、応募してくれた方々の選考こそ重要だし、採用後にはオンボーディングがあり、そして日々の協働がある。

最初の求人記事から何年かした頃、同じ会社からもう一度求人の相談をもらうことがあって、うかがってみると、事業がよく展開して新しい出会いを求めていることもあれば、以前採用した人は辞めていて人員の補充を必要としている事態も体験するという。
そんな経験を通じて、人が辞めてしまう会社と、継続的に力を重ねてゆける会社の違いはなんだ?という問いが育ち、同時に自社(百貨)のあり方も見直してきた本人たちの特にここ2〜3年の体験が、彼らの「求人以外の支援事業」を切実さや内実のあるものにしている。
そう、仕事百貨自身が、辞めてしまう仲間の少なくない会社だったから。

人が辞めるとか、離れるとか、別れるのはどういうことだろう。

人間はより可能性を感じる場や機会、あとなにかを求めて動いてゆく生き物だと思う。その可能性は、ここでは「会社」の可能性というより、その「会社」と「わたし」のあいだの可能性なんじゃないか。
別の言葉を使うと「関係」。可能性を、会社や個人といった単体がそなえるものとして見ないで、互いの関係の中に見いだし育んでゆく視点が大事だと思う。先々週、UNITÉで交わした勅使川原真衣さんとのトークイベントで、この話をもっと掘り下げるとよかったか…。

もとい。相手が会社であれ人であれ、関係をめぐる期待や手応えが、人をとどまらせもし離れさせもする。

「求人記事」で人と会社の出会いを手伝ってきた日本仕事百貨が、その前後左右に仕事を広げている姿は素敵だなと思う。

それも「人事コンサルティング(研修、評価、組織開発)は儲かる」といった戦略的視点からというより、「なんでこうなっちゃうの?」という残念さや関心を起点にしていること。
あとたとえば「ティール」とか「ノーレイティング」といった、手法や業界的なトレンドより、自分たち自身の体験を足がかりにしている姿が健やかに感じられて楽しい。今日書きたかったのは「彼らの合宿に参加して楽しかった」ということです。

私が抱えている問いの一つは、「これだけ沢山の人がすごく働いたその先で、社会が空虚なものになってしまうのは一体どういうこと?」というものだけど、その原因の一部は「自分の言葉」で話さない人や、「自分の体験から考えない」人の割合の多さにあると思う。

そういう時間でもなかった、と感じているんだな。