Jan 1, 2025
生まれ育った街で正月をすごしている。元日は、小学生の頃の自分には難しい日だった。
お年玉は手に入ったものの、近所の文具店はまだ開いてないのでプラモも買えない。あいてないとわかっている文具店や本屋の前に行ってみるけど、やっぱりあいていない。
図書館も閉まっているし、家のリビングは会社休みの父親が占有している。親戚づきあいの少ない家で、お出かけの予定もない。
結局近くの神社や雑木林を歩き、仲のいいよその家の犬と柵越しになめ合うなどして時間がすぎてゆく。例年そんな感じだったはずだ。
この話に友だちが出てこないのは、通っていた学校が1時間ほど離れたところにある私立校で、近所に同年代の顔なじみがあまりいなかった。幼稚園の頃までは楽しくやっていたけど、みんな別の学校に進んでいて、近くだから仲良く遊ぶ友だちがいない。
通学する日は、定期券の力を駆使して広範囲に及ぶよりみちに余念がなかったが、週末や長い休み、なかでもお正月のすごし方に困る小学生だった。
そんな自分でも、近所の子とその辺の空き地や道で遊んでいた記憶はけっこうある。たぶん先に書いたとおり幼稚園の頃の体験が多いはずで、「あの家の灯りがついたら終わり(家に帰る時間)」とか言いながら、暗くなるまで、齢がバラバラの顔ぶれでよく遊んでいた。
子どもは〝遊び〟に真剣で、「ツマラナイ」と思いながらつづけたりしない。すこしでも物足りなくなれば「こうしよう」とルールを変えて、遊びそのものをつくり変えてゆく。
歳の小さな子がいればそれも含んで楽しめるようにするし、人数が少なければそれでも面白くやれるように枠組み自体を壊してゆく。野球みたいなことをしていたのにホームベースがなくなるとか?(よく憶えていないけど)
で、これでもかってくらい遊んで、さすがに帰らないとなっていう感じになり、満足もしたころ「じゃあね」「楽しかったね」「またね」と言ってわかれる。
この「ね」という気持ち。
心も身体もよく動かして、遊ぶというより「遊びになる」ような時間を一緒に体験した喜び。こう思い返すと〝誇らしさ〟という言葉の核にある感覚の芽がここにあったんだなと思う。
私たちが私たちの世界を、私たちの力で、そこにあるもので十分に充実させた事実。
そんな満ち足りた気持ちが感じられる、自分としては最上級の「遊び」のような時間や仕事が、昨年もいくつもあった。